【これまでに経験してきた球技】
・サッカー ・フットサル ・ハンドボール ・バレーボール ・セパタクロー ・硬式テニス
運動神経抜群で多彩な球技に精通しているガッタスNo.1アスリート! 最近では、指導者としての道も歩み始め、ガッタスで後輩育成に自ら積極的に取り組んでいる。
ガッタスといえば、是永美記。 是永美記といえば、ガッタス。 ガッタスを通じて、是永美記という人物を知った方もいると思います。 ハロプロエッグオーディションを受けるきっかけになったのも、このガッタスの存在があったからだそうです。 「私はフットサルだけ」といい歌審査を自ら辞退。 そんな彼女が合格した裏側には、実はガッタスの指揮官・北澤監督から「是永をぜひガッタスに入れたい」という熱いオファーがあったそうです。 そんなこんなで加入したガッタス。 23番の背番号を背負い、ガッタス活性化を目指す! 当時ガッタスで検討されていた「第3GK」の枠について、実は是永美記さんの名が挙がっていて、ユニフォームも用意されていたという。 結局、表舞台に姿を現すことはありませんでしたが・・・ 是永美記に課せられた使命は、チーム強化ではなく、チームの活性化でした。 是永美記が加入する前、フットサル・サッカー未経験者が多く、他のチームと対等に戦うことすらできなかったのだが、是永美記の加入によって、チームの技術レベルがアップしていった。 加入当初は緊張してばかりで、観衆の声援に手を振って応えることが苦手でしたが、場数を踏み重ねていくうちに慣れてきたのか、最近では、他のメンバーと同様にして、サポーターの声援に手を振って応えるようになりました。 しかし、ガッタスのメンバーとして活躍していく中で、いろんなプレッシャーと戦っていたということがあったそうです。 いつか、是永美記が出場しなかった試合で、ガッタスが優勝したということがありましたが、周囲から「もうあの子がいなくてもガッタスは大丈夫だ」と思われるのがすごく怖かったそうです。 「ガッタスが勝ち続けたら、私は本当にいらなくなっちゃうんじゃないか」とか「私はガッタスにいてもいいのかわからない」とか、チームへの不安や自分自身への不安など、心の葛藤があったそうです。 でも、ガッタスの仲間が是永美記を必要としている、そんな想いが彼女に伝わり、精神的にも強くなれたそうです。 エースストライカー・是永美記の挑戦は今も続いています。